萬願寺の歴史と和泉学園との関係、大田住職就任まで
片岡賢清(萬願寺-総代)
1.祖父、片岡説融が萬願寺の住職を引き受ける経緯

萬願寺の創建は、はっきりわかりませんが、境内に文化年間の墓石がありますので、江戸後期には、お寺があったと思われます。
明治から大正になって萬願寺が全焼するという事件が起こったと聞いています。
当時の住職は、責任をとって辞任し、和歌山出身の祖父が住職に就任して、萬願寺の再建に尽力したようです。
寺の再建とともに境内で、付近の子供達を預かり、保育活動を始めました。保育活動が、社会福祉活動となり、寺と別に共善会作り事業展開していました。社会福祉活動が高じて、「少年保護団体共善会」となりました。
2.共善会から和泉学園へ

私の父、片岡説賢が住職になってからは、「少年保護団体共善会」は、「浪速少年院分院 共善学寮」となり
後に浪速少年院から独立し、和泉少年院となり、父が初代院長になりました。現在の和泉学園です。
3. 片岡説純住職退任から大田秀明住職就任へ
私の兄、片岡説純は、父から寺の住職を引き継いで仏の教えに従って、独立独歩で寺を運営していました。高齢のため、住職を退任し、岸和田の長徳寺の住職、大田秀明氏に、本山知恩院の許可を得て就任していただく事となりました。
以上